ダン・タイ・ソン礼賛

今日は、数日前に読んだこの記事に対し、やはり一言書いておきたいと思います。

浅田真央は挑戦した 「金より立派」これだけの理由

日本人の7割(?)は見ただろうから映像批評はしない。敗因について述べる。キム・ヨナのコーチが以前から言っていたことにヒントがある。彼は要するに勝つための綿密な戦略を立て、その通りに成功したのである。競技をパーツに分け、パーツの難易度と加点の出安さを勘案して繋げていった。3回転3回転などごく僅かを除いて、失敗しにくい要素を並べた。冒険はゼロだからつまらない。
即ち、ピアノ国際コンクールにおける「勝ちに行く」方式である。課題曲以外は聴き栄えがする曲を並べる、弾き込んだ手の内の曲を並べる、冒険は一切しない。主張もしない。万人(つまり審査員)に反感をもたれないようにする。解釈が分かれる曲は選択しない。ひたすら無欠点主義でミスなきようにさらう。どのコンクールでも、どの競技会でも、採点は減点主義なので減点されないことが1番だ。
その代わり、演奏は無個性で面白くもおかしくもない。後々無欠点主義のコンクール覇者は芸術家として大成しない。かつてショパンコンクールで超個性的・挑戦的な青年が3次で落ちた。怒った審査員のマルタ・アルへリッチは、席を蹴立てて審査員を降りた。その青年は落選したことで有名になり、元々実力があったから、今や大演奏家である。その時の優勝者は消えてしまって名前も知らない。
浅田真央は挑戦したのだ。安全策もとらず、果敢に挑戦して、疲れて自爆した。無難な金より遥かに立派だった。泣くな、真央!(黄蘭)

てれび見朱蘭3月4日当該記事http://www.j-cast.com/tv/2010/03/04061563.html


浅田真央選手が素晴らしかったことについては、なんの異論もございません。
彼女は見事でした。立派でした。上記事の筆者が仰るとおりです。


しかし、ショパンコンクール優勝者に関する記述については、事実に反しています。


第10回ショパン国際ピアノコンクールにおいて、予選で落とされたイーヴォ・ポゴレリチが、その後とても活躍していることは事実です。
また彼が素晴らしいピアニストであることも事実です。
私もポゴレリチの演奏は、曲によってはとても好きです。・・いや、あの騒動の時、高校生で、しかもアルゲリッチ(記事内の「アルヘリッチ」はスペイン語読み。アルゲリッチ本人は「アルゲリッチ」と呼ばれる方を好んでいるそうです…)の大信者だった私は、彼女がここまで支持したんだから!・・と、自動的にポゴレリチのサポーターになってたくらいです。そして、同じくピアノ好きの友人たちと、「今回のショパンコンクールはおかしい!」と息巻いてました("▽"*)
なんと今年は、そんな彼が、5月の「ラ・フォル・ジュルネ」にも出演するということで、これにはビックリ! おそらくチケットの抽選倍率は相当のものになるでしょう〜〜 もちろん私だって応募するつもりですし^^


・・・というわけで、ポゴレリチを誉めるのは、それも同意します。


しかし!
第10回ショパンコンクールで優勝したピアニストを、「消えてしまって名前も知らない」・・とは、なんでしょうか!!


その優勝者、ダン・タイ・ソンは、今も良く知られた素晴らしいピアニストです。
非常に心に沁みる、美しい音と音楽性にあふれた演奏で、一度でも彼の演奏を聴いた人は、必ず魅了される最高の芸術家です。
そんな彼に対して、「演奏は無個性で面白くもおかしくもない。後々無欠点主義のコンクール覇者は芸術家として大成しない」とは、なんたる暴言!


高校生だった私は、あるときショパン夜想曲のLPレコードを買いに、父と、銀座のYAMAHAに出かけました。
いろんなピアニストのLPがリリースされている中に、ダンタイソンの夜想曲集がありました。
「おぉ〜〜これがポゴレリチを差し置いて優勝したベトナム人か〜」と手に取った私に、父が「面白いからそれにしなさい」と言い、私としてはやや不承不承ではありましたが、スポンサーは父ですから、ありがたく持ちかえりました^^
早速レコードに針を降ろしてみたところ・・・
なんと綺麗なピアノの音。繊細で美しく歌う旋律。目からウロコとは、まさにこのことかと思いました。そうか、この人は、こういうピアノを弾くのか! わかりました、そうですか、なるほど・・・・と、とにかく魅了されました。
何回か来日されてますが、その演奏会にも行きました。最近では三年くらい前でしょうか? フランスものばかりで構成されたプログラムで、それは感動しました。心にしみいる・・とは、こういう音楽のことか・・と思いました。


そんな彼のことを、よく知りもしないで、「無個性で面白おかしくもない」ですって!!!(怒)


・・・・・


ちなみに、YouTubeを検索すると、ダン・タイ・ソンイーヴォ・ポゴレリチが、ショパンの「スケルツォ第2番」を演奏した、若き日の動画が出てきます。
両者共に、それぞれの個性がよく出た演奏だと思います。
今、年月を経てあらためて聴くと、私個人としてはダン・タイ・ソンの演奏の方が好きかなぁ・・
ただ彼は、後の優勝者ユンディ・リのように「容貌」に恵まれていないので、その点ではちょっと損をしているなぁ・・と思います。そして、カナダ国籍を取得するまで、長くベトナム国籍だったために、アメリカの演奏会に出ることができなかったことも、営業としてはマイナスになっていたはずです。クラシックの世界も、実力だけでは難しいものがありますね・・


Dang Thai Son  1980 Chopin competition  Scherzo No 2 op 31


Ivo Pogorelich  Chopin Scherzo No 2 op 31


もうひとつオマケに・・
2000年ショパンコンクールの覇者、ユンディ・リの「スケルツォ第2番」も貼っておきます。

Yundi Li  Chopin Scherzo No. 2 Op. 31


ユンディ・リの場合は、ダン・タイ・ソンとは逆に、コンクールに優勝後、やたらとアイドル的にレコード会社が売ろうとしたことで、長年の音楽ファンからは、むしろ「過小評価」されてしまうきらいがあったと思います。
これはとても残念なことだとずっと思ってきました。実際もの凄く実力はあるし、音はきらめく星のように綺麗だし、素晴らしいピアニストだと思います。
彼も今年は来日するんですよね。演奏会に行く予定はありませんが、どんな様子になるのかは、とても興味があります^^




もう一つ最後に・・
やはりYouTubeから、ダン・タイ・ソンが演奏する、モーリス・ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』を貼ります。
涙が出そうに、滋味溢れる演奏です。ちょっと録音の加減がイマイチなように感じますが、手元のボリュームを絞れば問題はないかしからん?

Pavane pour un infante défune  by Dang Thai Son


この曲は、ラヴェルが、ルーヴル美術館にある、ベラスケスが描いたマルガリータ王女の肖像画に心動かされ、作曲したそうです。
その肖像画はこちら。

絵の中の彼女は4歳。頬のふっくらした可愛らしいお姫様です。
しかし若くして結婚後、21歳で亡くなってしまいました。